最近、東京で家系がブーム!とか、とかで、大久保通りや職安通りにできたりして、すぐ閉店したり、猛烈に店内が臭かったり、なんだこれと思いながら、方南町までいって心が折れたり、家系のことで頭がいっぱいです。
もう、なんていうか家系ノイローゼです(笑
新中野、武道家もおいしいんですけど、家系ランキングとかいうページをみちゃうともう、全部横浜なんですよね。
威張るわけではないですが、実は私、横浜に何年間か住んでいました。白状しちゃいます。
南区(井土ヶ谷)、港南区(上大岡・港南中央)、保土ケ谷区(西谷・鴨居)、磯子区(吉野町)と4カ所、住んだことがあります。
家系を初めて食べたとき、なんだこりゃと思いましたよ、最初。こんなラーメン食べたことないって。ホントに衝撃的でした。
- まず吉村家
吉村家のドキュメンタリーとかも当時みました。吉村家も行きました。
おやじさんがしょっちゅうなんか怒鳴っているのを覚えています。
なのに見上げると換気扇のほこりが大きく黒く固まっていたのも覚えています。早朝から営業してました。
ただ、これからあとに書く店、本牧家とか寿々喜家よりも醤油が濃いんです。これが特徴的で、私の中では一番ではありませんでした。
- そして、本牧家、これは、私が当時つとめていた会社の工場と関係会社のペットショップが近くにありました。公共の野球場やテニス場、プールもありました。
野球の帰りに食べたりするときもありましたが、結構、営業時間がきまぐれだったです。
なので同じならびにラーメン大将っていう、店員が多い営業時間が安定した家系ぽい店がありました。ここのキムチラーメンもよく食べました。
本牧家は寿々喜家に近かったのを覚えています。クリーミーなんです。コクがある。
- そして、壱六家、これは16号ぞいで、いまはなき磯子プリンス(ゴルゴ13で有名)の近くですね。テントがあまりきれいではないですが、こちらもいったことがあります。ただ車が止められないのが残念だったです。
それと店があまりきれいでなかったという記憶しかありません。
- 六角家、これは、東神奈川駅の近くだったか、行ったことあります。ここも車でいくのは難しく(止めにくいので)、しかし当時、ラーメン博物館にあったのでそっちでよく食べました。ここは吉村家に近く、醤油が強めだったか。結構行きました。こちらも。
- そして、環2家、こちらはラーメン通りと言われている環状2号線にあって、会社の同僚と野球とか麻雀のあとに「ラーメンはしごしよう」なんてことになると、同僚と車でいくわけですが、いろいろ意見がでるのですけど、最終的には1軒目は環2家になるんです。
そして、次はどこ、って感じで間にソルマック飲んで、2杯食べるんです。まっち棒なんていう和歌山系ラーメンなんかもありました。
- そして寿々喜家、西谷に住んでいた頃、上星川のこの店に会社帰りによく行きました、近くに神社があったかな。あまり並ぶのが好きじゃないんですが、ここだけは並びました。
ある日、突然店がしばらくの間、2ヶ月ぐらいだったか、開いてない時期がありました。
このまま閉店するのかな、と心配していたら、ある日開いていました。
あとで聞いてみると、スープに納得がいかなくて営業を控えていたということなんです。ほー、という感じでした。なんといってもスープがたまらなかったです。待ち時間が我慢できないのでだいたい堅めで注文します。
油もここは多めなんですけど、これがあるからスープは冷めない。
もうにんにくと辛子味噌みたいなのとか、いれて、ハフハフ、ズルズル、ひゃーたまらんです。
そして食後、必ず胃もたれ。
もちろん、正直にいいますけど家系ラーメンはそんなに健康によいとは思いません。下痢したこともありますし、20代の当時でも胃もたれが半端ないときもありました。
でも好きなんです、家系が。もう私の青春かもしれません(笑
とまあ、こんだけ家系に愛があるんです、智恵子抄ではないですが、「東京には家系はない」とハッキリと最近思ってしまいます。本当に残念です。
1店だけあるとすると、もう閉店しました南新宿にあった麒麟です。ここは非常に本物の家系の味がしました。
閉店のときはもう愕然としました。当時つとめていた会社の近くでしたので。残業するときとか必ず行っていました。
私は、これからも家系を東京で探していくべきかどうか、本当に悩んでいます(笑
もう、なんていうか家系ノイローゼです(笑
新中野、武道家もおいしいんですけど、家系ランキングとかいうページをみちゃうともう、全部横浜なんですよね。
威張るわけではないですが、実は私、横浜に何年間か住んでいました。白状しちゃいます。
南区(井土ヶ谷)、港南区(上大岡・港南中央)、保土ケ谷区(西谷・鴨居)、磯子区(吉野町)と4カ所、住んだことがあります。
家系を初めて食べたとき、なんだこりゃと思いましたよ、最初。こんなラーメン食べたことないって。ホントに衝撃的でした。
- まず吉村家
吉村家のドキュメンタリーとかも当時みました。吉村家も行きました。
おやじさんがしょっちゅうなんか怒鳴っているのを覚えています。
なのに見上げると換気扇のほこりが大きく黒く固まっていたのも覚えています。早朝から営業してました。
ただ、これからあとに書く店、本牧家とか寿々喜家よりも醤油が濃いんです。これが特徴的で、私の中では一番ではありませんでした。
- そして、本牧家、これは、私が当時つとめていた会社の工場と関係会社のペットショップが近くにありました。公共の野球場やテニス場、プールもありました。
野球の帰りに食べたりするときもありましたが、結構、営業時間がきまぐれだったです。
なので同じならびにラーメン大将っていう、店員が多い営業時間が安定した家系ぽい店がありました。ここのキムチラーメンもよく食べました。
本牧家は寿々喜家に近かったのを覚えています。クリーミーなんです。コクがある。
- そして、壱六家、これは16号ぞいで、いまはなき磯子プリンス(ゴルゴ13で有名)の近くですね。テントがあまりきれいではないですが、こちらもいったことがあります。ただ車が止められないのが残念だったです。
それと店があまりきれいでなかったという記憶しかありません。
- 六角家、これは、東神奈川駅の近くだったか、行ったことあります。ここも車でいくのは難しく(止めにくいので)、しかし当時、ラーメン博物館にあったのでそっちでよく食べました。ここは吉村家に近く、醤油が強めだったか。結構行きました。こちらも。
- そして、環2家、こちらはラーメン通りと言われている環状2号線にあって、会社の同僚と野球とか麻雀のあとに「ラーメンはしごしよう」なんてことになると、同僚と車でいくわけですが、いろいろ意見がでるのですけど、最終的には1軒目は環2家になるんです。
そして、次はどこ、って感じで間にソルマック飲んで、2杯食べるんです。まっち棒なんていう和歌山系ラーメンなんかもありました。
- そして寿々喜家、西谷に住んでいた頃、上星川のこの店に会社帰りによく行きました、近くに神社があったかな。あまり並ぶのが好きじゃないんですが、ここだけは並びました。
ある日、突然店がしばらくの間、2ヶ月ぐらいだったか、開いてない時期がありました。
このまま閉店するのかな、と心配していたら、ある日開いていました。
あとで聞いてみると、スープに納得がいかなくて営業を控えていたということなんです。ほー、という感じでした。なんといってもスープがたまらなかったです。待ち時間が我慢できないのでだいたい堅めで注文します。
油もここは多めなんですけど、これがあるからスープは冷めない。
もうにんにくと辛子味噌みたいなのとか、いれて、ハフハフ、ズルズル、ひゃーたまらんです。
そして食後、必ず胃もたれ。
もちろん、正直にいいますけど家系ラーメンはそんなに健康によいとは思いません。下痢したこともありますし、20代の当時でも胃もたれが半端ないときもありました。
でも好きなんです、家系が。もう私の青春かもしれません(笑
とまあ、こんだけ家系に愛があるんです、智恵子抄ではないですが、「東京には家系はない」とハッキリと最近思ってしまいます。本当に残念です。
1店だけあるとすると、もう閉店しました南新宿にあった麒麟です。ここは非常に本物の家系の味がしました。
閉店のときはもう愕然としました。当時つとめていた会社の近くでしたので。残業するときとか必ず行っていました。
私は、これからも家系を東京で探していくべきかどうか、本当に悩んでいます(笑
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